ジョージア共和国(旧グルジア)は、現存する最古のワイン醸造文化圏として知られており、考古学的にも紀元前6000年頃の果皮付きブドウの発酵痕(オレンジワイン)が確認されている。
すなわち、スキンコンタクト(果皮接触)による白ブドウの発酵は、ジョージアワイン(オレンジワイン)では“伝統”ではなく“起源”
ジョージアワインは“果皮発酵の原理”を体現してきた?
現代的な「オレンジワイン」という名称は後付けであり、
現地では「アンバーワイン」「クヴェヴリワイン」と呼ばれ、赤・白という区別以前に、“どう造られるか”が味のアイデンティティとされている。
クヴェヴリを用いた製法は、単なるスキンコンタクトに留まらず、以下のような複数の醸造・熟成特性を内包している
- 果皮・種・果汁を6か月以上漬け込む長期接触
- 地中埋設による温度安定と酸素の微量透過
- 完全な自然発酵(培養酵母・清澄剤・酸化防止剤不使用が一般的)
このため、ジョージアワインのスキンコンタクトは「介入しないワイン造り」の極致であり、それゆえに造り手の哲学・ブドウの質・土壌の影響がダイレクトに表出する。
クヴェヴリにおけるスキンコンタクトの特徴|オレンジワイン
クヴェヴリ(Qvevri)は、ジョージアワインにおいて使用される伝統的な素焼きの壺型容器であり、主に地中に完全に埋設されて使用される。容量は200L〜3500L超と多様。
この容器はスキンコンタクトの発酵・熟成において、以下のような独自の抽出・酸化・熟成環境を提供している
🔸温度制御と発酵環境
- 地中に埋められることで年間を通じて15〜18°C程度の安定温度を維持
- 急激な温度変化が起こらず、果皮と果汁の浸漬状態を一定に保つ
- 微生物群にとって穏やかで、発酵の暴走や停滞が起こりにくい
🔸自然対流と果皮循環
- クヴェヴリは卵型構造であるため、発酵時に発生する炭酸ガスが果皮を自然に持ち上げ/落とすサイクルを生む
- ポンピングオーバーなどの人的介入をせずに、果皮と果汁の均一な接触が持続される
- 接触の均質性が、タンニン抽出のバランス性・香味の複雑性を生む要因のひとつとなっている
🔸酸素供給と酸化的熟成
- クヴェヴリ内壁は蜜蝋や石灰でコーティングされるが、完全密閉ではない
- ごくわずかな酸素透過が可能であり、酸化ストレス下でのポリフェノール重合(=渋みの熟成)が進行する
- その結果、オキシダティブな香味(紅茶・ナッツ・鉄分)を持ちながら、劣化ではなく複雑さとして評価されうるバランスを備える
品種ごとに見るスキンコンタクトの抽出特性|オレンジワイン
ジョージアには500種類以上の土着品種が存在するとされているが、
スキンコンタクトとの相性や味の出方において顕著な違いが観察されている。ここでは代表的な白ブドウ品種3種において、スキンコンタクトによる主な香味・構造変化を比較する。

🍇ルカツィテリ(Rkatsiteli)
- 果皮:厚め、タンニン豊富、酸化耐性あり
- 接触時の特徴:濃い琥珀色、渋み明確、紅茶・ドライフィグ・鉄系の香り
- 熟成適性:非常に高く、数年かけて旨みとミネラルが融合
🍇ムツヴァネ(Mtsvane)
- 果皮:やや薄め、香り高く繊細
- 接触時の特徴:柑橘・白花・黄桃のアロマ、口当たりは丸くミディアム
- 熟成適性:短〜中期向け、酸の高さが魅力
🍇チヌリ(Chinuri)
- 果皮:薄く、酸が高くてややデリケート
- 接触時の特徴:グリーン系ハーブやライムの香り、控えめな渋みと伸びのある酸
- 熟成適性:短期向け、早飲みスタイルが多い
これらの違いは、同じスキンコンタクト期間(例:6か月)であってもオレンジワインの構造が大きく変化することを示している。つまり、ジョージアワインにおけるスキンコンタクトとは、
“技法”ではなく「品種×土地×時間」の複合体として理解すべき対象である。
ワインの「構造」とは何か?

オレンジワインの「構造」は、以下の4要素のバランスや存在感から成り立ちます
構造要素 | 説明 |
酸 | ワインの輪郭、鮮度、熟成能力を司る |
タンニン | 渋み、口中の張りとボディ感、特にスキンコンタクト白では重要 |
アルコール | ボリューム、温かみ、余韻の長さに関与 |
抽出成分/ボディ | 果皮由来のフェノール、ミネラル感、粘性など |
ジョージアワインの品種別に異なる「構造の出方」の違い
ジョージアワインの主要な白品種3種を例に、同じ6か月のスキンコンタクトでも、オレンジワインの「構造」がどのように異なるかを下記に示します:
◾ ルカツィテリ(Rkatsiteli)
- 果皮が厚く、タンニンが非常に明瞭に抽出される
- 酸がやや穏やかで、ボディと渋みの比重が大きい
- ポリフェノール量が多く、熟成中に酸化的な香味(紅茶、樹脂、鉄)を形成
【結果】
フルボディかつ、タンニン主体の「赤に近い構造」を持ったオレンジワインに仕上がる。熟成向き。瓶内で渋みが落ち着き、旨みが伸びる構造を持つ
◾ ムツヴァネ(Mtsvane)
- 中程度の果皮厚で、タンニンはルカツィテリよりもソフト
- 酸がやや高めで、ミディアムボディ〜ミディアムプラス程度の骨格
- 香りの抽出成分が豊富で、構造というより香味の広がり・立体感が魅力
【結果】
中庸で“調和型”。飲み頃が早く、酸と香りの繊細さを活かす設計が多い。接客時には「女性的」「エレガント」「柑橘〜白桃」のような表現が用いられる
◾ チヌリ(Chinuri)
- 非常に酸が高く、果皮が薄く、タンニン抽出量は少ない
- スキンコンタクトをしても構造的には軽く、酸主体で伸びのあるスタイル
- ハーブ香、ライム、ユズのようなグリーン系の香味が目立つ
【結果】
軽快で、ややタイトな構造。冷やして飲むと特に持ち味が出る。「ミネラリー」「線が細くピュア」「フードフレンドリー」なタイプに。
なぜ「構造の変化」が重要か?
- 同じ6か月のスキンコンタクトを施しても、「タンニンが強くて重厚」「酸がキリッとして軽やか」「香りが中心でフローラル」といった全く異なるワインが生まれる
- 「スキンコンタクト=重い・しっかり」は誤解になりやすく、品種情報が不可欠
- 構造の理解が“味の翻訳”として機能する
構造変化の技術的要素とは?
スキンコンタクトによって生じる「構造の違い」は、以下の要素のバランスと量的変化によって発現します。
項目 | 技術的意味 |
タンニン | ポリフェノールのうち高分子縮合体:渋味・収斂性の要因 |
酸 | 主にリンゴ酸・酒石酸:輪郭と鮮度、pH安定性、保存耐性に寄与 |
フェノール類 | カテキン、プロアントシアニジンなど:骨格・酸化安定性・香味の深み |
抽出プロファイル | 果皮・種からの抽出タイミングと比率:香味と物理構造に直結 |
pH・バッファリング能 | 酸・ミネラルと細胞壁由来物質の干渉:タンニンの抽出効率にも影響 |
品種別:構造的パラメータの比較(スキンコンタクト6か月時)
指標/品種 | ルカツィテリ | ムツヴァネ | チヌリ |
果皮厚 | 厚め(高リグニン) | 中程度 | 薄め(ペクチン多め) |
タンニン量 | 高(>600 mg/L) | 中程度(~400–500 mg/L) | 低め(<300 mg/L) |
リンゴ酸含量 | 中(~2.5 g/L) | やや高(~3.0 g/L) | 高い(~4.0 g/L以上) |
カロテノイド濃度 | 高(オレンジ・茶色傾向) | 中(黄系色調) | 低(緑系・淡色) |
pHレンジ | 3.5〜3.8 | 3.3〜3.5 | 3.1〜3.3 |
官能的ボディ感 | フルボディ(重量感と渋み) | ミディアム(やわらかく円い) | ライト〜ミディアム(酸が主) |
熟成挙動 | 渋みが統合 → 琥珀色 → ナッティ | アロマが展開 → 柑橘から蜜感へ | フレッシュを維持、早飲み向け |
補足ポイント
- ルカツィテリのタンニンは主に種由来(種皮比率が高く、種子のリグニン構造が抽出効率を上げる)
- ムツヴァネはモノテルペン含量が多く、スキンコンタクトによる香りの展開が香味複雑性に直結
- チヌリは酸が主役であり、構造よりも「テンション(張力)」と「ミネラル感」を味の柱とする傾向
結論:スキンコンタクトは“時間”ではなく“構造”で語るべき
ジョージアワインの中でオレンジワインのスキンコンタクトは、「単に何日間果皮と接触させたか」で語るべきではありません。
果皮の厚さ、酸の強さ、香り成分の抽出性といった“品種ごとの物性”と、発酵・熟成環境との組み合わせによって、ワインの骨格=構造はまったく異なる結果を生み出します。
同じ6か月間のスキンコンタクトであっても、
- ある品種では重厚でタンニンの強い赤に近いスタイルのオレンジワインに。
- 別の品種では軽やかで酸が主体の、フレッシュな仕上がりになるオレンジワインもあります。
つまり、「スキンコンタクト=味が濃くなる技法」ではなく、
「どの構造要素を、どのように引き出すか」という“設計行為”であるという理解が求められます。
オレンジワインのスキンコンタクトの設計は「品種 × 抽出バランス × 熟成設計」によって最適化されるべきであり、
“日数”だけに注目するのは構造の本質を見落とすことにつながります。
この構造の多様性と可変性こそが、ジョージアワインのオレンジを深く面白くする最大の魅力であり、飲み手に伝えるべき本質なのです。
National Wine Agency of Georgia 日本公式ウェブサイトでも品種や製法の詳細をチェックできます!
品種で味わいはどう変わるの?
ルカツィテリはシャープな酸味、ヒフヴィは柔らかなコク、キシは豊かな果実感、ツィツカやクラフナは軽やかでフローラルな印象。品種によって個性が大きく異なり、選ぶ楽しさがあります。
どれを選べばいい?初心者おすすめは?
初めてなら、クヴェヴリ使用かつ価格帯ミドル(例:¥3,000〜¥4,000)のルカツィテリやヒフヴィがおすすめ。程よい個性とバランスがあり、受け入れやすい味わいです。
発色の違い=味の違い?
多少はリンクします。深い琥珀色は長いスキンコンタクトやタンニンを示唆し、味わいにも力強さやスパイス感が反映されやすい傾向です。ただし品種も大きく影響します。
自然派ワインとの関わりは?
多くのジョージアオレンジワインは無濾過・無添加・野生酵母醗酵など自然派スタイル。自然のままの発酵や味わいを重視する人には特に注目されています
ギフトとして選ぶなら?
クヴェヴリの伝統性と手作り感があるラベルは、贈り物にもぴったり。話題性や文化背景、見た目の美しさも兼ね備えており、記念日や大切な人へのギフトにおすすめです。
クヴェヴリ製法あり・なしの違いって?
クヴェヴリ製法のオレンジワインは、陶器壺で数ヶ月熟成させるため陶酿効果(ミネラル感や独特の深み)が加わります。一方、スタンダードなタンク醸造はより軽やかでフルーティな仕上がりになることが多いです。